Shibaのブログ

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事実が価値を持たなくなる時代とは――津田大介・日比嘉高『「ポスト真実」の時代』(祥伝社):書評【日日書感No.3】

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 近年世界中で見られる、事実の軽視と虚偽の蔓延、社会の至る所で広がる分断、それらは私たちの時代が抱えている危機である。そのような事態は、「ポスト真実post-truth)」と呼ばれる。根拠のないデマやヘイト、フェイクニュースなどが大規模に拡散され、それが政治の世界にまで及ぶようになっている現代においては、私たちはともすれば事実や科学を無視し、感情や気分のみで重大な誤りを犯してしまう可能性がある。その「ポスト真実」の時代の原因や実態を分析し、かつその中でどう生きていくのかを考察しているのが、本書である。

 日比先生は、「ポスト真実」の時代を四つの構成要素に分けて考察した。それは「ソーシャルメディアの影響」「事実の軽視」「感情の優越」「分断の感覚」である。日比先生は、英国のEU離脱問題や、米国の大統領選、あるいは日本の原発や安保問題等、様々な例を用いて、多角的に「ポスト真実」とは何かを探っている。ソーシャルメディアにより、個人は自分と親近性のある人や情報源ばかりに依存するようになり、それが一つの島宇宙を作り出し、その中では事実に関係なく、自分に心地の良い情報が重視される。そして自らと立場を異にする相手に対しては、「フェイク」だと罵り、分断が進んでいく。政治の世界でも、自らの意見を押し通すために科学や事実を無視する言説が飛び交い、社会全体が科学を軽視するようになっている。以上のような社会状況が、「ポスト真実」の特徴であると日比先生は指摘する。

 日比先生は、「ポスト真実」の時代と付き合うために、人間の「読解力」が重要であると述べている。「ポスト真実」に流されないためには、単純でわかりやすい図式化を安易に受け入れず、その背後にある複雑な事実や関係性を読み取り、自らの頭脳で判断しなければならない。そのためには、「〈文脈〉をまたいで情報を集め、それを適切に組み合わせて判断していく読解力」が大事なのである。

 津田さんは、TwitterFacebookなどのソーシャルメディアやジャーナリズムの観点から、「ポスト真実」の時代を考察している。津田さんは、「ジャスミン革命」や「雨傘革命」、日本の官邸前デモなどの例から、現代ではソーシャルメディアが政治を動かす時代となったと指摘する。しかし、ソーシャルメディアは必ずしも正の側面だけを持つわけではなく、グローバリズムに対するナショナリズム、あるいは公共性に対する私的感情といった二層構造を持ち、それが現実社会と同様に齟齬をきたし、「ポスト真実」に力を与える原因となっていると述べている。

 津田さんは、自身の経験を踏まえつつ、「ポスト真実」に対抗するために、世界では例えばフェイクニュースに対する広告の表示を企業が取りやめたり、フェイクニュースを取り締まる団体を組織したり、安全に内部告発できるツールを導入したりしていることを挙げ、それらを日本でも行うべきであると主張している。

 二人の対談では、本書の内容を踏まえて、「ポスト真実」を生き抜くために、何ができるのかが語られている。その最後では、人間的に交流することの重要性が語られている。例えば身近に自分とは全く違う立場の人がいたとしても、そこで諦めず対話の機会を持つことが大切であるということだ。津田さんは以下のように語る。

ポスト真実の壁を乗り越える鍵はメディア業界の人間が持ってるんじゃなくて、ネットで情報をシェアしているだけの大多数の人たちが握っているんですよね。だからこそ、マスコミ人は読者や視聴者との間にできてしまった壁を崩さなければならない。その壁を乗り越えるには、現場に行って人と人同士がリアルの場でコミュニケーションをすることしかないんでしょうね。」

 「ポスト真実」の時代において、いかにして分断を越えた対話を成立させ、事実に基づいた判断を下していくのか。「自分に信じたいものを信じる」という信仰に近い態度の人たちに対して、真っ向から事実を突きつけても効果はない。そこでは、相手の信じるストーリーの中へ入り込んでいける言葉が必要である。私はここに、新時代の文芸の可能性を感じる。ボーダーを越えていく文学、立場や考え方の違う相手にも染み込んでいくようなストーリーが、今必要なのではないかと、私は思ったのである。

 

 

 

文献:津田大介日比嘉高『「ポスト真実」の時代 「信じたいウソ」が「事実」に勝る世界をどう生き抜くか』(祥伝社、2017年)

 

 

 

2020.5.4.Shiba