飛びたいウサギ
むかしむかし、あるところに、動物たちの暮らす村がありました。その村では、みんながたがいに助け合って生きていました。なかには優しい動物もいれば、たまにいじわるな動物もいました。それでも、いろいろな動物たちが、どうにか一緒に生活をしていました。
その村に、一匹のウサギが暮らしていました。ウサギはとてもさみしがりでした。ウサギはいつも他の動物と一緒にいました。ウサギはおくびょう者でしたから、まわりの仲間たちのいうことをよく聞きました。だから他の動物たちもウサギのことが好きでした。ウサギがどれくらい素直かというと、例えばこんなことがありました。
あるとき、ウサギは牛と羊と一緒にあるいていました。牛と羊がウサギを散歩にさそったのです。ウサギはよろこんでついていきました。三匹は仲よくおしゃべりしながら道を歩いていました。
あるところまで来ると、道が分かれていました。そこで牛が言いました。
「僕はこれからおくさんのところに行かないといけないから、ここでお別れだね」
そして羊とウサギにあいさつをすると、二匹とは別の道を歩いていきました。羊とウサギはそのままもとの道を歩き続けました。牛がいなくなったことで、すこしおしゃべりがへりました。
しばらく歩いていくと、また分かれ道がありました。そこで今度は羊が言いました。
「私はこれから友だちと遊ぶから、ここでお別れね」
そしてウサギにあいさつをすると、ウサギとは別の道を歩いていきました。ウサギは羊の友だちではないような気がしたので、ついていくことはできませんでした。
ウサギは一人ぽっちになりました。夕暮れがもうそこまでせまっていました。だからウサギは家に帰ろうとしました。でも、そこで気づきました。ずっと牛と羊についていくことに夢中だったので、ウサギは自分がどこにいるのかわかりませんでした。ウサギは困りはててそこに座り込んでしまいました。
ウサギはそれくらい素直な動物でした。でも、いや、だからこそウサギはみんなに好かれていたのです。ウサギはまわりの動物が何を言っても受け入れましたし、どんなお願いもことわることはしませんでした。
でも、ウサギはなんだか、いつも心がもやもやしているような感じでした。
ウサギは、すこし目をはなせばみんなが遠くへいってしまうような気がしていました。それがいやだから、ウサギはいっしょうけんめい、みんなのお願いを聞きました。ウサギにとってつらいこともありましたが、がんばらないとみんながはなれていってしまうから、ウサギは努力しました。努力して努力して、ウサギはいろいろなことができるようになりました。みんなのお願いもふえました。ウサギはみんなにたよられてうれしい気持ちでした。だけど、なんだかいつも、ウサギは一人になってしまうように思えました。
そんなウサギでしたが、ある日、道を歩いていると、猿が近よってきて言いました。
「ウサギさん、お願いがあるんですけど」
ウサギはいつもどおり、猿のお願いを聞くことにしました。猿は言いました。
「実は、僕のお母さんが昨日、死んじゃったんです。僕は最後にありがとうって言いたかったんですけど、言えなくて、それが悲しいんです。そこで村で一番かしこい馬さんに聞いたら、死んだ動物は空の上の、高い高いところに行くみたいなんです。だからウサギさん、あなた、とびはねるのが得意だから、ちょっととびはねてお母さんに会いに行ってくれませんか?」
ウサギは、猿の言っていることの意味がよくわかりませんでしたが、とりあえず引き受けました。でも、空の上って、一体どうやって行けばいいのでしょう。ウサギは困りました。そこで、空を飛べる烏のところに行って、高く飛ぶ方法を教えてもらおうとしました。
烏は、黒いつばさを光らせながら、ウサギの話をまじめに聞きました。そして、言いました。
「空を高く飛ぶには、両手を思いっきりはばたかせればいいんだ。でも、大きな手がないとだめだと思う。僕はこんなに大きい手があるから飛べているだけで、ウサギさんにはむずかしいと思うよ」
ウサギは自分の手を見ました。ウサギの手は、烏とは比べ物にならないほど小さく、村の動物の中でも一番小さいくらいでした。それでも、ウサギはなんとか飛ばないといけないと思いました。せっかくのお願いを、ことわることはできません。
ウサギは烏にお礼を言って帰ろうとしました。烏はそのウサギの背中にむけて、こんなことを言いました。
「ウサギさん、チューリップはタンポポの花を咲かせることはできないんだよ」
ウサギは、烏の言っていることがよくわかりませんでした。
それから毎日、ウサギは両手を思いっきりふりまわす練習をしました。手は草や石にぶつかって、すりきれたりあざができたりしました。血もでました。それでもあきらめませんでした。ウサギは足の力には自信がありましたから、足で体をおしだせばあとはなんとかなるように思いました。そうやって毎日、体中に傷をつけながら、飛ぶ練習をしました。
そんなウサギを見て、まわりの動物たちはいつもニコニコしていました。ウサギはそれを、みんなが自分を愛してくれているように思いました。みんながウサギを応援してくれているように思いました。
ある晴れた日の朝、ウサギはがけの上に立ちました。下は何百メートルも続くがけでした。高いところから風に乗れば、きっと烏みたいに飛べると思ったのです。
ウサギは、風がふいたのを見計らって、足でがけを蹴りました。そうして、思いっきり手をばたつかせました。これでみんなほめてくれると思いました。みんなが自分を好きでいてくれると思いました。
でも、ウサギは飛ぶことはできませんでした。風はウサギの小さな両手をすりぬけていきました。ウサギはまっさかさまに落ちていきました。
気がつくと、ウサギの体は引きさかれてボロボロでした。いたるところから血が出ていました。骨もこなごなに砕けました。目もうまく開きませんでした。声も出ませんでした。
ウサギはとても眠くなってきました。寝そうになりながら、みんなの顔を思いうかべました。みんなに会いたくなりました。でも、なんだかみんなの笑顔がこわくも思えました。
ウサギは、あの時烏が言ったことの意味がわかったような気がしました。そうして、自分はなんてことをしてしまったのだろうと、悲しくなりました。悲しんでも、もうどうしようもありませんでした。だれも助けには来ません。ウサギは、やっぱり一人ぼっちでした。
ウサギは、とてもとても、怖くなりました。同時に、安らぎもありました。ふと、ずっと昔に死んでしまったお母さんを思い出しました。お母さんはとっても優しい人でした。でも、たまにウサギにきつく叱りました。ウサギはお母さんが怒るのがいやでした。お母さんにはいつもニコニコしていてほしかったから、ウサギは何でも言うことを聞きました。お母さんに褒められてうれしかったなぁ。お母さん、お母さん……。
ウサギはそのまま、眠りにつきました。長い長い、眠りにつきました。二度とめざめることのない、長い長い眠りに。
了